瀬戸熊誤ツモ事件

 2022/10/30up

 2022年10月18日、日本プロ麻雀連盟の第39期鳳凰戦A2リーグ第7節C卓、1回戦東1局で「事件」が発生しました。鳳凰獲得経験もあり、Mリーガーでもある瀬戸熊直樹プロがをツモアガったかのような動作をしましたが、実際はアガリ牌ではなく、立会人からも何の指摘も入らず何事もなかったかのように対局が続行されたのです。動画は以下でご覧いただけます。

対局中の経緯

 をツモアガったかのような動作をした瀬戸熊プロ。上記動画で確認できる解説の猿川真寿プロ、実況の小笠原奈央プロの反応はこんな感じ。

猿川「あ、ツモっ・・・」
小笠原「あっ・・・」
(アガリ牌ではないことが分かり、数秒沈黙)
小笠原「ちょっと牌がこぼれてしまったんでしょうか」
(沈黙する猿川、これみよがしに手をマッサージする瀬戸熊)
小笠原「一度心を落ち着かせてツモ切り」
(山田浩之プロのツモ動作にカメラが切り替わる)
小笠原「ちょっと手の震えなどがあったんでしょうか」
猿川「たぶんそうでしょうね(すぐに山田の手牌に話題を移す)」

 実況・解説陣にもツモアガったかのような動作に見えたのは明らかですね。むろんSNS・ネット上では「誤ツモではないか」の書き込みが殺到する事態になりました。ちなみに連盟の「規定」ではこうなっています(対局当時)。

3、誤ロン、誤ツモは発声のみでもチョンボ
(紛らわしいモーションなども立会人の裁定によってチョンボとなる場合がある)

 今回は「ツモ」の発声は確認できませんが、「紛らわしいモーション」であることは明らか。ちなみにチョンボになったらどうなるかは、上記ページに記載がありません。連盟に限ったことではありませんが、プロ麻雀団体のホームページは囲碁や将棋に比べると圧倒的に情報不足の上に見にくいですよね。なお、チョンボは対局終了後に20ポイント(つまり2万点)減点となるという取り決めになっています。

 この対局では瀬戸熊プロは「手が震えたのでこぼした」というテイで素知らぬ顔で対局を続行し、立会人もスルー、他の対局者からの指摘も入りませんのでお咎めなしでした。このルールもあいまいな部分が多く不備があるのは明らかです(他団体も似たようなルールで、連盟に限ったことではありません)。

火消しに動く連盟

 「瀬戸熊プロのブログ」では対局翌日には早くも釈明の文章がアップされました。彼の主な言い分は以下の通り。

  • 2巡前くらいから指に震えがきそうな気配がした。誤ツモをしたつもりは全くなかった。
  • 選手のアピールと立会い人の声を待った(が、何の指摘もなかった)
  • 落ち着け落ち着けと震えを止めることに必死だった。
  • 「紛らわしい所作」なのは間違いない。

 将棋の羽生善治永世七冠は、終盤の勝負どころでブルブル手が震えることで有名です。これは精神的な問題で、勝ち筋を発見して緊張状態が極限に達したときに震えると言われています。今回の瀬戸熊プロは対局開始早々、最序盤であるとはいえ、手が震えること自体は責められるものではありません。ただ、動作の最初のほうは手が震えていたとはいえ、を見せた動作を震えの原因とするのはだいぶ無理があると思います。動作の途中までは手の震えと言っても良いかもしれませんが、を持ってきて河に置いて手前に引き寄せる動作をしています。これは震えではなく、ツモの動作でしょう。

 ただし「ツモアガリだと瀬戸熊プロが誤解したかどうか」「手の震えが原因かどうか」は、本件では全く関係ありません。ここで問題になるのは「ツモアガリと誤解される動作かどうか」の一点なのです。

 10月21日になって、今度は森山茂和会長の近衛兵である黒木真生プロが「誤ツモ騒動の真相」と称して「こちらの記事」をアップしています。「黒木視点での真実」がいつもの長文で誇らしげに書かれています。興味がある方はご覧ください。

 これは騒動の真相表面上は黒木プロの個人的見解ではありますが、ほとんど連盟の公式見解に近い位置づけであることに留意する必要があるでしょう。私が要約しますと「最初は誤ツモに見えた」「でも上からの視点で見ると、あら不思議、ただ牌を落としただけですね〜」「井出康平プロもそう言ってるしィ〜」「一応新ルールを作ってみたよ」というもの。たったこれだけの内容です。それを長文に仕立て上げているだけのことです。

 新ルールというのは「視聴者目線で説明が必要と思われるプレーについては、ディレクターから立会人に『視聴者に説明が必要と思われます』というサジェスチョンをしてもいい」だそうです。これも「説明が必要と思われる」の部分があいまいですし、立会人がスルーすればそれまででしょう。このルールが有効活用されるとはちょっと思えません。

 これで納得したというファンのツイートも見かけましたが、逆に「これで今回の騒動手打ち?」と火に油を注ぐ形にもなっています。

黒木理論には賛同しかねる

 騒動の真相前述の黒木noteによれば「プロ雀士のほとんどは「ただの牌ポロリ」で納得した」ということになっています。「連盟のプロ雀士のほとんどは」が正解でしょうけれど。

 この事件で多くの麻雀ファンが思い出したのが、2013年の第30期十段戦でしょう。堀内正人プロの打牌に対して、その場では立会人はスルーしたのに、あとから「度を越したため息をついて牌を叩きつけた」と三味線行為であると裁定され、全会一致で堀内プロの失格を決議。後に「1年間の出場停止+最下層のC3リーグまでの降格+元十段シードの剥奪」という処分が下されています。

 たしかに過去の話と今回の話は別件です。しかしファン目線で見れば「この差は何なんだ?」と考えたくなるのも無理はありません。それに、今回の件単体で見ても多くの麻雀ファンが納得していません。「プロ雀士のほとんど」は納得したらしいですが。

 私の個人的見解では手の震えが原因で誤ツモの動作をしたとは全く思えないのですが、7兆歩譲って黒木説の「牌を落としただけ」だとして、お咎めなしはあり得ません。「牌を落とした結果、ツモったと誤解される動作」になっているのは明らかなのですから。立会人がスルーしたのだから今回は仕方ないとも言えますが、だったら堀内プロの時も立会人はスルーしてたじゃないか、と思う方はかなり多いでしょう。

まさかの結末

 「このままお咎めなしなのか」「堀内と瀬戸熊の差は何なんだ」などとSNS上でやり取りが続くことになりましたが、10月24日、対局から6日後に処分が発表されることとなりました。

 ということで、瀬戸熊プロに(1枚目の)イエローカードが出されました。問題が起きてから6日、連盟にしては異例の早さと言えるのではないでしょうか。ツイートは書き間違いがあったりして見づらいので、以下にまとめました。

第39期鳳凰戦A2リーグ第7節C卓1回戦東1局に瀬戸熊直樹が二萬を手元にこぼした件について、当事者である瀬戸熊競技部長を除く競技部員で協議した結果、瀬戸熊にイエローカードを1枚出すことが決まりました。イエロー1枚は注意のみですが、2枚目以降はペナルティ 

2枚 リーグ戦以外の連盟主催公式戦2ヵ月出場停止
3枚 上記4ヶ月出場停止
4枚 上記6ヶ月出場停止
5枚 全ての試合の出場停止1年
イエローカードは、出た日から1年間消えずに累積されます。

イエローカードを出した理由についてご説明いたします
@同卓者は誤ツモと感じなかった
A瀬戸熊選手の顔の映像から、口元や左手がツモの一連の行為に進んでいなかった
以上2点から「誤ツモ」ではなく「紛らわしい所作」という判断になりました

プロ連盟のルールに「紛らわしい所作は立ち会い人の判断によりチョンボになる場合がある」
とありますが、今回の紛らわしい所作はどの程度の罰則が妥当か競技部で審議した結果
@ゲームの進行(他選手の選択)に影響がなかった
A牌が表向きになった後に卓の縁に引くような行為は明らかに紛らわしい所作である

@からチョンボとはせず Aから何らかのペナルティが必要と判断し、イエローカード1枚としました
 「う〜ん・・・」というのが私の感想です。前述の堀内プロの件では立会人も同卓者も誰もその場では三味線だと指摘しなかったのに一発レッドカード、イエローカード5枚分以上の異常に重い処分を受けたというのに、瀬戸熊プロがイエローカード1枚(注意のみ)では全く整合性が取れていません。これでは、連盟が黒歴史として強引に葬り去ろうとしている忌まわしき記憶を、ファンの間に呼び起こすことにしかならないでしょう。

 ですが、話がややこしくなるのでとりあえず堀内プロの件は置いておいて、今回の件単体で考えてみましょうか。ちなみに連盟がよってたかって追い出す形になった堀内氏はポーカープレイヤーやYoutuberとして大活躍しており、むしろ連盟に残らなくて良かったと思える結果となっています。

多くの課題が残る灰色決着

 今回の処分で問題となる点がいくつかあります。まずはイエローカードの基準・定義があいまいすぎること。サッカーのイエローカードはFIFAのルールブックで厳密に明文化されていますが、連盟のイエローカードは2022年10月29日時点では「規定」のページに何一つ記載されていないので、現状では立会人や競技部員のさじ加減でどうとでもなってしまうのです。

 それから、出場停止規定の不備。2022年の第39期十段戦を例にとりますと、5月14日に初段戦・二段戦がスタートし、10月22日に決勝戦を終えています。例えばタイトルホルダー(第39期十段戦では魚谷侑未プロが優勝)にとっては、決勝戦が行われる期間の出場停止は不戦敗を意味するので致命的ですが、それ以外の期間なら「まぁいいか」となりかねません。「リーグ戦以外の連盟主催公式戦2ヵ月出場停止」のようなふんわりした処分内容は、時期によって重くもなり軽くもなるという、流動的な部分が残ってしまいます。

 以上まとめますと、素早く処分をおこなったこと、お咎めなしではなかったことは評価できるものの、処分の重さという面では疑問が残る結果となった(ちなみに、処分が重いという意見も見ました)。さらに連盟の規定があいまいすぎるため、今回もまた灰色の決着となった。このようにまとめることができます。

 というか、こういうのは主要5団体(連盟・最高位戦・協会・RMU・麻将連合)やMリーグが一体となって、統一ルールを作るべきではないでしょうか。JリーグとプレミアリーグとセリエAで勝手バラバラなルールでイエローカードを運用することがないのと同じことです。プロの人数で最大の連盟が「統一ルールを作りませんか」と動けば、麻雀ファンも「さすが連盟だな」と称賛するのは間違いないと思います。